鮮烈な自然の世界にどっぷりハマる広島ワイルド植物紀行

TOUR NUMBER06

このセルフ旅を教えてくれた人
植物屋「叢」店主の小田康平さん

「いい顔してる植物」をコンセプトに、国内外を旅して集めた個性あふれる植物を、その個体の特徴を引き出す器とあわせて提案している。

目指すは北広島町の山中
突然変異体の群落へ

 「北広島町に貴重な植物や自然があるよ」と教えてくれた「叢」の店主・小田さんの情報を頼りに、広島駅からレンタカーを借りて一路、北広島町へ向かいます。1時間半くらいで最初の目的地「大朝テングシデ群落」に到着します。駐車場から少し坂を登っていくと、すぐに〝それ〟とご対面。イヌシデという樹木の突然変異体である「テングシデ」が、静かに、そして力強く群落を形成しています。小田さん曰く、「突然変異体が群生の中に発現することはまれにあるが、それが群落となり、その変異が代々受け継がれることは非常に珍しい。植物学的に見ても非常に貴重な地域です」とのこと。確かにものすごい存在感!

 木の目の前まで移動し、上を見上げると、〝蜘蛛の巣〟のような木の枝が空を覆うように広がっています。さらに近づいて観察すると、枝はありとあらゆる角度へ自由気ままに伸び、太かったり、細かったり、とぐろを巻いていたり、実に自由奔放な成長が!

大朝テングシデ群落 広島県山県郡北広島町田原灰谷 ☎0826-72-6908(北広島町観光協会)

 さらに木に近寄っていくと、背筋がゾクッとするような気分に。テングシデは造形的にも異様で、絵本の幽霊屋敷の背景に描かれてあるような木。その昔、村人は天狗と名付け、枝を折ったり登ったりすると天狗のたたりがあるとしてこの貴重な木を守ろうとしたそうです。

 日本では昔から、本当に大切なものには、あえてたたりや呪いがあるとして悪評を付け、人を近づけさせないようにするという習慣があり、悪役や悪い事件、たたりなども実は裏側に真実があるかもしれないそう。テングシデという名は、大切なものを守る気持ちの表れなんですね。それが分かると、寄り添って集まるテングシデがとても愛おしい存在になってきます。新緑の頃には緑の葉っぱが生い茂ります。ワイルドな枝ぶりを見るなら秋から冬、木々の生命力に触れるなら春から夏のおでかけがいいみたい。

北広島町の湿原地で
神秘を吸い込む

 翌日は朝から湿原を目指しましょう。「日本の湿原としてはほぼ南限とされている場所が広島にあります」。そう言って小田さんがすすめるのが「八幡湿原」です。

 八幡湿原とは八幡高原に点在する湿原の総称。まず訪れたのがその一つ、尾崎谷湿原です。そこは世界的にも貴重な動植物が数多く生息する地域で、数千年かけて出来上がった地形は神秘的な感じさえもします。待っているのは、水田のようでもあり、広大な池のようでもある視界いっぱいの沼地。その水面は巨大な鏡となり、青空、流れる雲、飛び交う野鳥たちの姿を、キラキラ光る太陽の光とともに表面に写し出しています。風が吹けば水面が揺れ、景色もゆらり。沼の間にある小道で立ち止まると、野鳥の声と川のせせらぐ音しかしません。息を止めて目を瞑ると、そのまま空気になってしまいそう。

 場所を霧ケ谷湿原へ移すと、湿原の中を散策できるよう、観察路として板が渡してありました。周囲に貴重な動植物が生息していると思うと心も弾みますよ。時折立ち止まり、大自然の神秘をゆっくりと享受させてもらいましょう。

八幡湿原 広島県山県郡北広島町西八幡原 ☎0826-36-2008(芸北高原の自然館)

倒れることで生まれた
類い稀な造形のスギ

 JR広島駅へと戻る途中、「洗川の谷渡り台杉」にも立ち寄ってみて。国道191号線を南へ進むと、途中で県指定天然記念物「梶の木の大スギ」の案内看板があります。そちらの細い道へと入り、大スギの前を通過し、そのまま山道を道なりに。「洗川の谷渡り台杉」の案内看板を見つけたら、そこからは徒歩で進みましょう。

洗川の谷渡り台杉 広島県山県郡安芸太田町大字梶の木 ☎0826-28-1800(安芸太田町観光協会)

 鬱蒼とした山道のど真ん中、10分ほどの場所で足が止まります。「杉の倒木が作り出したユニークな大樹」だと聞いてはいましたが、実際に目の前に現れるその巨木は、圧倒的な存在感で、その生命力を訴えかけてきます。元の杉が倒れ、谷をまたいで向こう側に達し、その先端の枝が根を下ろし、それが一本の杉の木に。元木の幹上にも枝が伸び、今では立派な幹となっています。そんな信じられない生命力が目の前に!

 さらに谷をまたぐ幹から空に向かって伸びた4本の杉にも胸を打たれます。「倒れることはネガティブに感じてしまうが、それがあったからこそ唯一無二の存在となった。これは私たちの経験や人生でも同じことが言えるかもしれません」。小田さんの言葉を噛み締め、台杉に再会を誓いました。